2013年台湾と日本の記憶

こんなこともありました。台湾の元少年工に勲章。戦中に台湾少年工として日本の海軍工場で働いた李さんは「日本は私たちを忘れなかった、とれも嬉しい」と挨拶し、当時製造した戦闘機「雷電」をモチーフにしたネクタイで笑顔を見せた。「日本統治下の台湾で厳しくも愛にあふれた教育を受けた、日本人であることを誇りに思っていた」という李さんの自慢は、有能な少年工として雷電の製造に奮闘した日々。第二次世界大戦末期の1943年、台湾から8000人以上の少年が工場要員として“内地”入りし、神奈川県の高座海軍工場で訓練を受け、各地で戦闘機の生産に従事した。

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