対馬 防人の古神道と金田城攻略トレッキング旅

ゴースト・オブ・ツシマのおかげだと思いますが、和多都美神社、⼩茂⽥浜、万松院などロケハンここだよねが、やはり注目されてます。ですが、本来、対馬の神社といいましょうか、山や海に対する信仰が今でも構築物で残っている希少な所なんです。霊峰・白嶽にある断崖絶壁の鳥居って、こちら訪れてのインスパイアじゃないでしょうか。まぁしかし、ここに鳥居があるとは対馬以外の人は想像もつきません。なんで、ここにって。神社だけでもまわるの厳しいですが、神社以外で外せないのが、中大兄皇子の命で築かれた古代山城、防人として国境守備の配置された施設。対馬では金田城。今も現存してるのは福岡県太宰府あたりの水城と大野城ぐらいかな? 時代は660年に百済を滅した唐・新羅連合に、日本は軍を朝鮮半島に派遣しましたが白村江の戦いで唐の水軍に挟み撃ちされ負けた後に、唐の追撃に備えて築城してます。もともと日本と百済は仲が良くまた百済の民の文明度も高く、いまでも「くだらない」というのは「百済のものじゃ無い」からきてると自分は思っています。68歳斉明天皇は軍を指揮するため自ら九州へ赴きます。異国と戦うために天皇が都を離れたのは、日本の歴史上この時のみです。斉明天皇の息子が中大兄皇子(後の天智天皇)です。明治時代では対ロシアでは金田城に砲台・付属堡塁が築かれ帝国陸軍砲兵部隊が派遣されました。今も城山砲台・観測所は確認できます。紛らわしいですが古代山城・金田城(かなたのき)・城山(じょうやま)です。城山山頂から朝鮮半島方向を一望でき迎え撃つのに、そういうことかと。城山の道は軍道でしたから、普通に安全に行けます。現在も対馬には自衛隊が駐屯してます。やはり、まさに、国境の島、戦場の島なんですね。ロングスティでしょうね。

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